顧客との間に親密な信頼関係を作り、購入してくれた顧客をリピーターに、リピーターからファンになるような持続的な関係構築を行い、顧客と企業の相互利益を向上させることを目指す経営手法であるCRM(顧客関係管理)について、具体的な事例を交えながら解説します。
観光地において、訪れた旅行者のデータがどのように活用できるのか、活用に向けてどのようにデータを収集するのか、示唆を導出する分析手法にはどのよう な種類があるか、といった旅行者のデータに関連する取組を包括的に説明し、その具体的な手法についても手順に沿って紹介します。
CRMの概要と重要性
CRMとは、“Customer Relationship Management”の略称であり、日本語では「顧客関係管理」と呼ばれます。 製品やサービスを提供する主体が、顧客との間に親密な信頼関係を作り、購入した顧客をリピーターに、リピーターをファンに育成するような持続的な関係構築を行い、顧客と企業との相互利益を向上させ ることを目指す総合的な経営手法です。 具体的には、データに基づいて顧客との関係性(コミュニケーション) を管理すること、データを通じて顧客と自社(自地域)との関係性を把握することを指しており、その関係構 築の取組を通じて、「利益の最大化などを目指すこと」が CRMの主な目的です。これを実現するためのシステムを「CRM システム」や「CRMツール」と呼びますが、システムやツールも含めてCRMと呼ばれることもあります。
顧客と関係を構築するために求められる CRM は、様々な顧客接点を通じて行われる「顧客データ収集」、 収集したデータを一元的に管理し、マーケティング戦略への示唆出しを行う「顧客データ管理・分析」、デー タ分析に基づいて自らが保有するチャネルを通じて顧客へのアプローチを行う「データ分析に基づく顧客アプ ローチ」で構成されています。
CRMの取り組み方法
- ①可能ちがCRMに取り組む重要性
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2003 年の「観光立国宣言」から、観光立国の実現に向けて順調に規模を拡大していた日本の観光においては、コロナウイルス感染症拡大前には 3,000万人以上の訪日外国人旅行者が訪れていました。それらの旅行者の中でも、それぞれがメディアやブログ、旅行サイトや比較サイトを使って観光地を選んで旅行する形式、 いわゆる FIT(Foreign Independent Tour)が増加傾向にあり、その裏表として、団体旅行(マスツーリズム) は減少傾向にありました。
こうした背景があり、旅行者が自ら収集する情報(口コミ等)や、発信する情報(現地体験、アフターサー ビス等)が、これまで以上に重要性を増しています。「量」を追求した観光施策や画一的なマーケティングから脱して、初めての旅行者やリピーターそれぞれ個別に最適な方法で接触することで、旅行者と事業者がとも に裨益する Win-win の関係を追求する、「観光地の CRM」が非常に重要となってきています。
観光地において CRM に取り組む場合、旅行者データを広く収集し、地域の現状や課題をデータで捉え、 - ②観光地や企業単位の差異
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観光地において CRM に取り組む場合、旅行者データを広く収集し、地域の現状や課題をデータで捉え、 地域全体でデータに基づいて戦略や施策を検討していくために、地域に関わる様々な企業・団体と連携して 顧客関係構築に取り組んでいくことが必要となります。下図に、観光地の CRM の全体像を、企業のCRM と の差異に着目しながら、フェーズごとに示します。
- ③顧客データ分析
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CRM 分析では、今後訪問が期待される旅行者や実際に訪問している旅行者の特徴、これまで行ってきた 観光客へのアプローチが適切かどうかなどを確認します。 長期的に旅行者と良い関係を構築するためには、 PDCA を回して取組を改善し続けることが重要であり、より効果的・効率的な顧客アプローチを実施するため に、データ分析は欠かせない業務です。
CRM 分析の手法には、様々な種類があります。目的に応じて適切な手法を使い分けたり、いくつかの手法 を併用したりするのが一般的です。ここでは代表的な分析手法を紹介します。 各分析の概要を理解し、目的 に合った手法を実践することで、効果的なマーケティングを行いましょう。
例えば、これから旅行商品・サービスの開発や販売を行うタイミングであれば、Web アンケートの結果に 基づきクラスター分析を活用して、旅行者を旅行・観光に関する行動様式や思考の特徴ごとにいくつかのグ ループに分類し、優先的に来訪を促すターゲットグループの特定、同グループの来訪に資する取組みにつな げる事などが考えられます。
また、既に自地域に訪れた事のある旅行者について消費データを含む情報も取得できている場合は、例えば、デシル分析を行い来訪頻度や地域での消費金額の高いグループに対し、中長期的な関係を構築できるよう な再訪促進等のアプローチを行うことも有用です。
- ④データ分析に基づく顧客アプローチ
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各分析を通じて導出した顧客層や顧客ニーズを踏まえて、誘客や消費増加につながる施策を検討・実行します。ニーズが多様化、情報が氾濫する現代においては、個別に最適化されたアプローチ(One to One マー ケティング)を行い、旅行者に継続して訪問していただくことが重要になりますが、それには個人情報の取得 が必要です。ただし、個別に最適化されたアプローチはあくまで 1つの方法であり、例えばある属性(性、年代、 出身地など)を切り口としたセグメント分析でも効果的・効率的な施策の実行につながるため、自地域におけるデータの収集状況を踏まえて、自地域で可能な粒度・切り口で分析を行い、その分析結果に応じた施策を行っていきます。
One to Oneマーケティングとは
CRMで実現を目指すことの1つの姿として、データ分析とデジタル技術を活用して、現在または将来の顧客に個別のメッセージやサービス提供を行うことがあります。このような取組はOne to Oneマーケティングと呼ばれます。訪問客等を一定の属性で一括りにするのではなく、顧客一人一人の属性や行動履歴等に基づ いて、個別に情報・サービス提供を行い、エンゲージメントの向上や利益拡大、ロイヤリティの向上などを狙う戦略です。
顧客との接点がマスメディア(広告媒体、新聞・雑誌、テレビなど)中心であった頃は、マスマーケティン グという、一定の数の方を一括りに対象として、同一のメッセージやサービスでアプローチする手法が広く用 いられていました。しかし、インターネットの普及やデジタル化による顧客接点の増加により、オンライン上で個人の行動の追跡やニーズ把握が可能となり、顧客一人一人に合わせて(= パーソナライズした)アプロー チを行う One to One マーケティングの重要性が増してきました。
コメンデーション:ECサイト等において、購入履歴や閲覧履歴などにもとづいて類似・関連商品を推薦する 手法」、「メール配信・DM 送付 : 顧客属性、購入履歴や閲覧履歴などにもとづいて、個々の顧客に最適化し た内容のメッセージを送る手法」などがあります。
自分が利用するサービスや商品をはじめ、様々な情報が溢れる中、本人にとって不要な情報を顧客に届けること(例 : ホテルを予約済みの方へ度々ホテルのレコメンドDM 送付、興味がないジャンルのイベント開催を 複数回メール発信等)は、顧客に不快感を与え、好意度の低下につながるリスクがあります。 その点、One to One マーケティングで顧客それぞれが求める情報を提供することができれば、ブランド(地域・各企業) に対する信頼感や安心感を醸成すること、顧客満足度の向上にもつながることが期待されます。 そのような 取組を通じて地域のファンを生み出し、リピーターの獲得・収益向上の実現を目指せることが、One to One マーケティングに取り組むメリットです。
CRMツール選定のポイント
- ①選定のポイント
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CRM ツールの導入においては 4 つの選定のポイント「機能」「連携・拡張力」「サポート」「セキュリティ」 を踏まえて検討を行うと、自地域・自社に適したツールの導入につながりやすいと言えます。
- ②CRMを活用するためのコツ
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CRMツールの導入は大きな投資ですが、明確な導入理由や目的、分析結果を活用する戦略がないまま導 入した場合には、せっかくのツールが単なる「旅行者情報リスト」になってしまう恐れもあります。また、地域 の事業者のシステムと連携するためには、連携先の事業者とシステム運用とオペレーションのルールを統一し ていくことが大切です。
併せて、DMO における CRM ツール導入においては、「連続性が切れる(データ / 担当者)」という点が 懸念されます。CRM ではデータの蓄積が非常に大切な要素となります。「CRMも含めたマーケティング担当 者が数年で異動、知見が引き継がれず CRM ツールが利用されなくなる」、「担当者の変更などに伴い、これまでの切り口・項目でのデータ収集が一旦白紙になる。新たな項目でデータ収集を始める」などといった理由で、取組の連続性が途切れてしまわないよう、注意をして取り組んでいく必要があります。
こうした失敗要因は、CRM ツールを提供している企業も把握していますので、ツール導入だけではなく、 使い方のサポートや、導入効果が出るまでの必要な日数などの目安、従業員のモチベーションの保ち方等、 関連する情報提供も受けられるため、そうしたサポートも十分に活用するとよいでしょう。CRM 導入を成功させるために、押さえておきたいポイントを下記に記載します。前述の失敗要因に心当た りがある方は、これらのポイントを見直すことで失敗を回避したり、既に導入したCRMの運用を改善する道筋を探っていくことができます。