観光地として地元を盛り上げたい方が最初に学ぶべき内容がすべて盛り込まれています。マーケティングとは何か?具体的に何をすればいいのか?今回紹介する戦略の策定方法を学ぶことで、あらゆる角度から抜け漏れなく検討・分析ができ、方向性や顧客の設定を行うことができるようになっていきましょう。
マーケットインとプロダクトアウト
戦略策定を行う上では、マーケットインとプロダクトアウトという2つの考え方があります。自地域の環境や状況によって異なりますが、顧客のニーズは個別化している状況において、2つの視点を理解しておきましょう。
マーケットイン | プロダクトアウト |
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商品開発を行う上で顧客のニーズを優先する考え | 商品開発を行う上で作り手側の意向を優先する考え |
旅行者のニーズや求めるものを踏まえて商品造成 | 地域や旅行会社が「見せたいもの」を優先した商品造成 |
環境分析(概要)
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- ①外部環境分析
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環境分析においては、地域の外部を取り巻く環境を整理し、地域が今置かれている状況を適切に評価することが重要になります。外部環境分析に活用できるフレームワークとして、マクロ環境分析に適した「PEST分析」と、ミクロ環境分析に適した「ファイブフォース分析」があります。外部環境分析の結果は、SWOT分析の材料として活用できます。
- ②内部環境分析
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外部環境分析を終えたら、次は地域の内部に存在する資源を複数の観点から分析し、地域の観光資源のポテンシャルや観光客に提供できる価値を客観的に分析することが重要になります。内部環境分析に活用できるフレームワークとして、自地域に存在する資源を複数観点から分析する「農林水産による整理軸」、自地域の観光資源の競争優位性を評価する「VRIO分析」があります。
- ③内外環境総合分析
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内外環境統合分析は、外部環境分析や内部環境分析で収集・整理したデータをまとめて、戦略を検討するためのフレームワークになります。観光地において活用できる代表的な内外環境統合分析のフレームワークとしては、「3C+C」「SWOT分析「クロスSWOT」があります。
環境分析(事例)
愛知県の観光担当が行った事例
- ■外部環境分析① – PEST分析 –
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マクロ環境を俯瞰的に把握するため、フレームワークの1つである「PEST分析」を活用して、自地域に影響を及ぼす外的要因を洗い出しました。PEST分析では、自地域に影響を及ぼす要因を洗い出し、それぞれの要因が自地域にどう影響するのかを整理することが目的であるため、各要因が自地域にとってプラス要因なのか、マイナスの要因なのかを判別していきました。その結果、人口減少や国内の物価高騰などのマイナス要因から国内需要を中心に伸ばしていくことは困難であることが分かったため、インバウンド顧客を中心に検討することとしました。インバウンドについては、入国規制の撤廃や円安ドル高による購買力向上により成長が期待できますが、コロナ前に最も顧客数の多かった中国からの顧客の復活が遅れる見込みであることを前提にターゲット選定を行う必要があることが分かりました。
- ■外部環境分析② – ファイブフォース分析 –
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次に分析のスコープをインバウンドに絞った上で、競合との競争状況を確認することにしました。分析の結果、買い手であるインバウンドの購買力は向上している一方で、県内の観光商品の価格帯は他地域に比べるて低い水準に留まっていること、ゴールデンルート以外の地域への分散化が進んでおり、近隣の岐阜県や三重県も消費額単価の高い欧米豪やASEAN諸国向けの誘客を強化していること、コロナ禍において生まれたリモート観光の需要が落ち着きつつあることが把握されました。
- ■内部環境分析 – 農林水産省による整理軸 –
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次に、自地域の資源を分析するために「農林水産省による整理軸」を活用して、内部環境分析を行いました。その結果、観光客の多くは愛知県を訪れた際、京都や岐阜などの観光地を訪れる際の経由地として捉えれていること、目的地として捉えれれるための魅力ある商品・サービスが不足していることが分かりました。また、商品・サービスの中でも、魅力的な食文化はあるものの、名古屋市から県内の他市町村へのアクセス性が悪いこと、魅力的な宿泊施設が不足しているために県内での回遊が進んでいないことが分かりました。加えて、人材・組織面では県下で観光振興を進めていくことに対する地域の意識醸成ができていないこと、高品質なガイドができる人材が不足していることなどの課題も判明しました。さらに、財務的な課題として自主財源が少なく、新たな施策を打ち出す予算が不足していることも明らかになりました。
- ■内外環境統合分析① – 3C+C分析 –
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内部環境分析と外部環境分析で把握した情報に加えて、協業者に関して不足する情報をヒアリングで補い4つの視点で整理しました。
- ■内外環境統合分析② – SWOT分析 –
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ここまで洗い出した情報を元に「SWOT分析』を活用して、インバウンド誘客を進める上での自地域のプラス要因とマイナス要因を整理しました。
- ■内外環境統合分析③ – クロスSWOT分析 –
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さらに「クロスSWOT分析」を活用して、SWOT分析で洗い出したプラス要因とマイナス要因を掛け合わせることで、愛知県が進めるべき戦略の方向性を検討しました。
- ■取るべき戦略の絞り方
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目指すべき戦略の方向性が複数明確になってきた場合に、色々な選択肢があり、どれが妥当な戦略なのか判断できないことがあります。
絞る際の視点
・実現できるのか(実現性)
・実現効果が大きいか(実現効果)
STP分析(概要)
- ①STP分析とは
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環境分析を行った後は、観光地域マーケティング戦略(STP)の策定を行います。STP とは、市場を細分化し、 細分化した市場の中でどの市場を狙うかを決め、狙うべき市場における自地域の立ち位置を明確化すること を示し、観光地域マーケティング戦略そのものを指します。
環境分析では、外部環境分析により自地域を取り巻く状況を把握した上で、内部環境分析により自地域が 有する資源を把握し、内外環境統合分析により STP の骨子を策定しました。STP では、環境分析で得られた 結果を基に、自地域が狙うべきターゲット市場を明らかにし、ターゲット市場における自地域の立ち位置を 明確化し、ターゲットへの提供価値を定めることが目的となります。
また、STP を策定したら、それを基に観光地としてどのような地域を目指していくのかというビジョンを検 討するとともに、地域のビジョン・STP で定めたターゲットへの提供価値を一言で表現するブランドメッセー ジを作成することが重要です。
この一連の流れは、進むべき方向性に関して地域全体で共通認識を持つことを目的として行うため、DMO が主体となって検討する中で、地域のステークホルダーと議論を交わし、認識を共有していくことが重要です。 - ②S:セグメンテーション
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セグメンテーションでは、市場の細分化を行いますが、この時に重要となるのが、市場を同じニーズや性質を持つ顧客層に分けることです。
このように、セグメンテーションを行うための整理軸(変数)には、様々なものがあります。 整理軸は、自地域の有する観光資源の強みや弱みに基づいて、適切なものを採用することが重要となります。整理軸の種類を示しますので、自地域の主要な観光資源がこれまでどのような層に好まれてきたのかを過去のアンケートデータ等から読み解き、整合性のある適切な整理軸を選択しましょう。
セグメンテーションを行う上で重要なのは、採用する整理軸を繰り返し見直していくことです。まずは、これまでに実施した施策から、自地域の観光資源や商品・サービスにどのような旅行者が反応したのかというデー タを基に採用する整理軸を仮置きするところから始めましょう。 例えば、人口動態変数の性別で見ると男性・ 女性のどちらが多いのか、行動変数の一人旅・グループ旅行のどちらが多いのかなど、ある程度ざっくりとし た切り方から始めても構いません。 重要なのは、施 策を実 施しながらデータを集めていき、セグメンテーショ ンの整理軸が妥当かどうかを検証し、セグメンテーションの精度を上げていくことです。特に、心理的変数のライフスタイル(趣味・嗜好)やパーソナリティ(性格)については、旅行者に対するアンケー トやヒアリングなどにより旅行者の趣味・嗜好や価値観等を深く分析しなければ把握することが難しい一方で、心理的変数を使ってセグメンテーションを行うことで、より精度の高いセグメンテーションを行うことができ るようになります。施策を実施しながら旅行者理解を深め、最終的には心理的変数を使ったセグメンテーショ ンが行えることを目指しましょう。カナダでは、EQ(Explorer Quotient)とういうセグメンテーションツールを活用して、旅行者に対するWebアンケート調査を行い、心理的変数による旅行者のタイプ分類を実施しています。
- ③T:ターゲティング
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ターゲティングでは、セグメンテーションを行って細分化された市場の中から、地域が狙っていくべき市場 を選定します。この時、「地域としてどの客層を狙いたいか」という主観的な考え方にとらわれず、旅行者の 定量的なデータ分析や、定性的なアンケートやインタビューを通して、「自分たちの地域に対して、どういっ た人が、どういった魅力を感じているか」を客観的に考えながら狙うべき旅行者層を絞り込んでいくことが 必要です。
また、ターゲティングを行う際に失念しがちなのが、市場規模です。 あまりにニッチな市場を狙いすぎてし まうと、ターゲットの誘客に成功したとしても、地域が得られる集客効果や経済効果は限定的なものに留まる ため、ある程度の効果を見込むことができるセグメントを選定することが重要です。例として、自然豊かな屋外型観光地と、屋内型観光施設のどちらも有している地域における、地理的変数(旅 行者の居住地)と心理的変数(旅行の趣味・嗜好)を掛け合わせたターゲティングのケースを紹介されています。
ここでは、都市部居住者と地方部居住者のそれぞれについて、訪問している観光地に関する定量調査や、 観光地の評価に関する定性的なアンケート調査を行った結果、観光地に対する評価は高いものの、現時点で 上手く誘客できていない自然観光好きの都市部居住者をターゲットに設定し、今後伸ばしていくことになったようです。ただし、評価を行った後でどのセグメントを優先ターゲットとするかは、地域の課題と照らし合わせて決定 する必要があります。例えば、人は来ているが十分評価されていない屋内観光好き向けの内容を見直すことで、 既に来ている人の満足度向上を優先することも選択肢となります。
- ④P:ポジショニング
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ポジショニングとは、他地域との差別化を図り、観光客に対してアピールできるような自地域の提供価値を 明確化するプロセスです。観光地で言うならば、「秋に紅葉を楽しむなら○○しかない !」「大自然の中でサイ クリングを楽しむなら××に行くべき !」というように、観光客の心の中に明確なポジションを構築することが、 ポジショニングの目的となります。ポジショニングを定めるためには、ターゲットとする旅行者層がどういった要因で旅行先を決定するか(= 購買決定要因)を基にポジショニングマップを作成し、旅行市場内で自地域が独自の位置を獲得できるよう な立ち位置を取ってターゲット層へ訴求することが有効です。
例として、先ほど優先ターゲットとして定めた自然観光好きの都市部居住者向けの自然観光体験のポジショ ニングを検討してみます。 一般的に、自然観光は本格的な大自然を味わおうとすればするほど、装備や機材が必要になり、価格帯も 上がる傾向にあります。 例えば、登山ではトレッキングウェアや登山靴、スキューバダイビングではウェットスー ツなどの機材が必要になります。こうした事情も踏まえ、他地域の調査をした結果、現状、市場には低価格で 本格的な大自然を楽しめる地域は存在しない状況となっていることが判明しました。 このような状況で、初心者向けのレンタル機材を充実させることで、低価格で本格的な大自然を楽しめる観 光地というポジションを構築したらどうでしょう。 初心者にもおすすめの本格大自然の入門スポットとして一気 に知名度を上げ、今までは敷居の高さから本格的な大自然に挑戦できなかった旅行者を一気に獲得すること が可能となるかもしれません 。
上記はあくまでも一例ですが、他地域が気づいていない独自のポジションを探り当てることが、自地域の優位性を確固たるものとするために重要なポイントになります。本格的な自然観光を持続的に提供するためには、多くの旅行者が訪れることによる自然破壊を防ぐ環境保全対策の実施、地元ガイドの育成なども検討する必要があります。
- ⑤ステークホルダーとの確認
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STP を検討したら、地域のステークホルダーか ら意見をもらい、STPの妥当性を検証した上で、必要に応じて修正していくことが重要です。全てのステークホルダーから意見をもらうのは現実的ではありませんが、普段から旅行者のニーズ収集を行っている地域内の有力な旅行代理店や観光商品販売者等に意見を求めることで、STP の精度を向上させることができるとともに、地域のステークホルダーからの協力を得る体制を構築することにも繋がります。
- ⑥ブランディング
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STP を検討することで、地域として狙うべきターゲットに対する自地域の立ち位置・提供価値を明らかにす ることができたら、STP を基に観光地としての地域のビジョン(中長期的に目指す観光地としての地域の姿) を検討するとともに、ポジショニングと提供価値をターゲットに対してわかりやすく明確に伝えるためのブラ ンドメッセージを作成します。ブランドメッセージを作成する上では、旅行者が自地域を訪れることで得られる価値を一言で表現すること が重要となります。また、デスティネーション(観光地)マーケティングにおいては、地域が自ら地域の価値を再認識し、価値 を高めるための取組を行うとともに、権威あるメディアをはじめとする第三者からの高い評価を獲得することが 有用です。このような評価を活かした形でブランディングに取り組むことにより、その後のプロモーションや商品販売をより効果的に進めることができます。
- ⑦戦略コンセプトシート
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STPの策定およびブランドメッセージの作成を終え、観光地として目指す方向性が一通り定められたら、ステークホルダーと目線を合わせて、地域一体となって取り組むために、検討した情報を集約して観光地域マーケティング戦略としてアウトプットしていく必要があります。それまで検討した情報を集約し、コンセプトシートを作成することで、環境分析からSTPに至るまでの検討内容を可視化することができることで、地域のステークホルダーと戦略を共有することができます。
STP分析(事例)
愛知県のジブリパークの集客
- ■セグメンテーション
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まず最初に、ターゲットを定めるために市場を分割する整理軸を定めることにしました。インバウンド客の中で、ジブリやジブリパークに関して同じニーズや性質を持つ層を切り分けるための整理 軸を検討した結果、国別に放送状況やジブリの認知度が異なることから、国籍を採用することにしました。また、 もう 1 つの整理軸として、国別に消費傾向が異なることが予想されることから、旅行者の観光消費額単価を 採用することにしました。
- ■ターゲティング
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ターゲティングを行う際の分析軸として、横軸をジブリやジブリパークに関する国籍別の親和性、縦軸を観光消費額単価に設定した上で、ターゲティングに必要なデータを取得。ターゲティングを行うための情報は、下記の方法で行いました。
取得した情報を基に、ターゲティング縦軸と横軸を使って各国を整理し、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツがメインターゲットになりそうだという仮説を構築しました。また、中国もジブリの知名度が高く、消費額単価も高いことから、将来的な需要を見据えて、サブターゲットに設定しました。
- ■ポジショニング
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次に、ターゲットに対して自地域が提供すべき価値を、ポジショニングマップで整理しました。ターゲットの 購買決定要因を考え、競合地域との差別化を図るための軸を検討した結果、目的地によって旅行者の観光行 動が異なることが判明したため、横軸に外国人観光客による周遊行動、縦軸に消費行動を設定しました。ポジショニングを行うための情報は、下記の方法で取得しました。
愛知県はこれまで、名古屋周辺部を核とする都市型観光が主流となっており、周辺地域への波及効果が限 られていたことから、ジブリパークを核として県内に送客することで分散化を図るとともに、ターゲット向けの 高付加価値な商品を造成することで、滞在時間の伸長と消費額単価の向上を狙うことにしました。
- ■旅行代理店へのヒアリング
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STPの仮説をもとに、実現性と実現効果を確かめるために、旅行代理店へのヒアリングを行い、代理店からのアドバイスを踏まえて変更や修正を加えました。特にターゲットについては、国籍で一括にしている部分においては、もっとターゲットを細分化した方がいいとの指摘がありました。
- ■観光商品販売業者へのヒアリング
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次に、実際に具体の観光商品を開発する際に協力が不可欠となる観光商品販売者にヒアリングを行い、 STP への意見やフィードバックを求めました。ここでは、STP の正しさを確認するというよりも、県域で STP に沿ってマーケティングを展開していく上で、商品販売者が同じビジョンを持って取り組めるかという視点で意見を聴き、賛同を得ることができました。
- ■コンセプトシートの作成
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コンセプトシートには、狙うべきターゲットや、ターゲットに対する提供価値だけでなく、ターゲットが提供 価値を魅力的に感じるようなブランドメッセージを検討しました。 特に、ジブリ作品のテーマとしてよく取り上 げられる“人との触れ合い”や“日本らしさ”、“自然と命”を踏まえ、観光商品販売者の D 氏の発言から得た
「県内の観光事業者が相乗りできる懐の広さ」を織り交ぜながらブランドメッセージを検討しました。